広島県庄原市の「蓮照寺」に参拝し、枝垂れ桜を観賞してきました。
アクセス
「蓮照寺」へは、東城市街地方面から車で向かいました。
「蓮照寺」は、国道183号から西城川に架かる西城橋東詰の橋を渡ってすぐの場所にあります。
駐車場
門前に駐車スペースがありました。
最寄り駅・近隣交通機関から
JR「備後西城駅」から県道233号と国道183号を経由して約1.2 km
地図
蓮照寺
広島県庄原市西城町にある「蓮照寺」は真宗大谷派の寺院です。
1515年(永正12年)に創建され、開基は蓮心と伝わっています。
御本尊は阿弥陀如来。
山号は大富山。
もとは、旧入江村の中山というところにあり「中山寺」といいました。
四世了誓の代に現在地に移転し、1584年(天正12年)に中山寺 蓮照寺と改称。
その後九世恵秀のとき東本願寺末寺となり、昭和初期に現山号である「大富山」に改めました。
蓮照寺には身代わり名号の伝説があります。
身代わり名号の伝説
西城町のはずれ、大富山の裾に蓮照寺という真宗寺がある。むかし、この寺が入江村の中山にあって、中山寺といったころのことであるから、もう四百年以上も前の話になる。
大佐村の百姓に次郎右衛門という者があった。女房共々律儀な働きもので、とりわけ女房は日頃信心深い念仏者であったが、このところ、まだ夜の明けないのに、中山寺にまいるといって家を出る。
毎朝きまって未明にいそいそと出かける女房の様子に、暗い疑心をもった次郎右衛門は、これはてっきり、密夫と逢引きするためと、思いつめて嫉妬の焔を燃やし、脇差をひっさげて駆け出して西城町の藤下り小路(今の開明橋西側)で待ちふせた。
程なく、川霧の深く立ちこめる中を、急ぎ足で帰ってくる女房を見すまして、物陰から踊りいでものをもいわず、一太刀激しく斬りつけ、夢中でわが家へとって返した。
息はずませて帰ってみれば殺したはずの女房が囲炉裏で朝げを炊いている。これはまたどうしたことか、確かな手応えで昏倒した女房が無難な姿で。余りの奇異におのれの目をうたがい、茫然とその場にへたばってしまった。
やがて、次郎右衛門は女房にうながされてわれにかえり、有りの侭を話し、何か変わったことはなかったかと問えば、帰りみちちょうど藤下りの所で、急によろめき、何か身柄が「じとー」と押付けられたように感じたが、どこにも怪我はなくもどったという。
不思議なことがあるものと、すぐ相連れだって中山寺に直行した。そして住職といっしょに本堂へまいり更に驚いた。
脇壇に掲げてある、御本山九世実如上人御筆の名号が、もったいなくも、南無の無の字を鋭く切られ血が流れておるではないか。
三人はおたがいに顔を見合わせ交わす言葉もなく、ただ合掌念仏して感涙にむせんだ。
これによりこの一軸は、「切り掛けの名号」と唱え、また、南無阿弥陀仏の御名号の奇蹟を讃仰して「身代り名号」といって、寺宝となされた。
のち、この名号は所縁により、同郡宇山村の禅仏寺初世順古(俗名与茂三郎)へ譲られて代々秘蔵され、明治初期この寺は東城館町に移建されたが、今に重宝として持ち伝えられている。
(国郡志書出帳 西城町、宇山村)
蓮照寺のしだれ桜
蓮照寺は西城川のほとりに建つ寺院です。
門前からは、西城川の川端風景が見えます。
お寺の手前から大きく枝を広げ、旺盛に花をつけた満開の枝垂れ桜が見えました。
本堂
枝垂れ桜は、本堂の横に佇んでいます。
エドヒガン系の枝垂れ桜で樹齢約150年といわれています。
樹高は約10m。
樹勢があり花付きがよい枝垂れ桜です。
薄ピンク色の花をつけた長い枝が、しなやかに垂れるさまはかなりの見ごたえです。
例年の花の見頃は、4月上旬(4月10日前後)です。
例年、夜間照明が行われています。
まとめ
蓮照寺では、樹勢があり花付きがよいしだれ桜を鑑賞できました。
蓮正寺がある広島県庄原市は多くの桜の名所を抱えています。
車でのアクセスが良い蓮正寺は、それらの桜の名所を巡る旅の予定に組み入れやすいのも特徴です。
門前から見える、西城川の川端風景も風情があります。
基本情報
所在地
〒729-5731 広島県庄原市西城町西城76
料金
無料
関連サイト
写真撮影日
2020年4月