記念艦三笠 ( 横須賀市 )【 栄光の記念艦 】

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神奈川県横須賀市にある記念艦「三笠」を見学してきました。

アクセス

記念艦「三笠」には、JR「横須賀駅」から徒歩でむかいました。

JR「横須賀駅」から「どぶ板通り」と国道16号を経由して30分程で記念艦「三笠」に到着。

ちなみにJR「横須賀駅」よりは、京浜急行電鉄本線「横須賀中央駅」方が「三笠」に近い最寄り駅になっています。

駐車場

「三笠公園」には駐車場はありません。

横須賀市役所前公園の地下にある「ぴぽ320駐車場」を利用する方は、三笠入口で駐車券を提示すれば200円の駐車割引券がもらえます。

「ぴぽ320駐車場」は、横須賀中央駅から徒歩3分の場所にある24時間営業・年中無休の駐車場です。

最寄り駅・近隣交通機関から

JR「横須賀駅」から国道16号を経由して約1.9 km

京浜急行電鉄本線「横須賀中央駅」からよこすか海岸通りを経由して約1.0 km

地図

記念艦「三笠」

大日本帝国海軍の戦艦「三笠(みかさ)」は現在、神奈川県横須賀市にて記念艦として公開されています。

日露戦争の日本海海戦で東郷平八郎連合艦隊司令長官が座乗し連合艦隊旗艦を務めました。

「三笠」は、日清戦争の後に戦艦を6隻、装甲巡洋艦を6隻配備する計画「六六艦隊整備計画」の一環として建造されました。

1898年 (明治31年)日本政府がイギリスのヴィッカース社に発注し、1902年(明治35年)3月に竣工しました。

敷島型戦艦の1番艦「敷島」、敷島型戦艦の2番艦「朝日」、敷島型戦艦の3番艦「初瀬」に次ぐ敷島型戦艦の四番艦です。

奈良県にある三笠山(春日山)にちなんで命名されました。

「三笠」は、イギリスの「ヴィクトリー」及びアメリカの「コンスティチューション」と並ぶ、世界三大記念艦の一つとされています。

「三笠」への訪問記

まず「三笠」の前にある広場で「東郷平八郎大将」の銅像を写真に収めました。

入艦料大人500円を払い「三笠」へ入艦。

「日露戦争」で連合艦隊の旗艦を務めた「三笠」は現在、記念艦として公開されていて甲板や内部を見学できます。

艦橋や上甲板からの見晴らしはよく、周辺の公園や東京湾を見渡せます。

内部は操舵室や士官室など当時の様子が再現されている他、様々な資料や砲弾なども展示されていました。

壁には有名な文言が掛けられていました。

「皇国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ。」

休憩室もあるので一息つきながら、落ち着いて見学できます。

艦橋には日本海海戦のおり東郷平八郎司令長官がそこに立って指揮をしたといわれる場所が記してあり、同じ場所に立つことができます。

この場所に立って指揮をしたといいます。

日本海海戦の折、東郷平八郎司令長官が立って指揮をした場所だけが、水しぶきがかかっていなかったという逸話を聞いたことがあります。

まさか、その場所に直に立てるとは。

歴史を少しでも知っている人ならば、なかなかに胸が躍る経験が出来る場所ではないでしょうか。

実はこの三笠は日露戦争後も、数奇な運命をたどって現在にいたっています。

1898年 日本政府がイギリスのヴィッカース社に発注。
1899年 1月24日 に起工
1902年 3月1日 に竣工
1905年 日本海海戦で連合艦隊旗艦を務める。
1905年 佐世保港内で爆発事故により沈没。
1906年 引き揚げ、修理。
1923年 ワシントン軍縮条約で廃艦決定
1925年 記念艦として保存決定。
1926年 記念艦三笠となる。
1945年 戦後荒廃するも状況を憂いたチェスター・ミニッツ提督などが復元運動に寄与。
1958年 復元基金開始。
1961年 記念艦三笠復元記念式。

と、様々な出来事を乗り越えて、かつての勇姿を見せてくれている事を考えると感慨深いものがあります。

まとめ

この三笠では「日露戦争」当時の戦艦の姿・内部を、直に見るという貴重な経験が出来ます。

此処のように1900年代初頭、当時の戦艦が復元され見学できる場所は少ないと思います。

近代戦史や「三笠」の活躍した時代に興味があるならば、単なる歴史資料艦以上の意義を見出せる場所ではないでしょうか。

基本情報

所在地 〒238-0003 神奈川県横須賀市稲岡町82−19
観覧料金 一般600円、65歳以上500円、高校生300円 、小・中学生は無料、障がい者200円(介護者2人までも200円)
観覧時間 4月〜9月 9:00〜17:30、3月・10月 9:00〜17:00、11月〜2月 9:00〜16:30※入艦はいずれも閉艦30分前まで
休艦日 12月28日から31日

関連サイト

世界三大記念艦「三笠」公式ホームページ

写真撮影日

2010年12月

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